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「すごく楽しい」より「そこそこ楽しい」の方がいい

楽しさには「すごく楽しい」と「そこそこ楽しい」の2種類がある。どっちがいいかってそりゃすごく楽しい方がいいに決まって…

むしろ「そこそこ楽しい」の方がいい。

「すごく楽しい」と「そこそこ楽しい」の違い

「すごく楽しい」は続けられない

「すごく楽しい」は長期間維持できない。たとえば「負ける寸前まで追い詰められて頭をフル回転させて挽回する」はすごく楽しいけど、それが毎日発生するってことはない。

こういう「一時的にすごく楽しい」を重視した遊び方だと、後で振り返ったときに「あのときは楽しかったけど全体的にクソ」になり「あのときが絶頂期だったな…」という寂しさに苛まれる。「普段はイベントを楽しむために備蓄している」みたいな、そういうね。

「そこそこ楽しい」は続けられる

「すごく楽しい」と違い「そこそこ楽しい」は日常的に感じられる。嫁艦を秘書艦にして眺めるだけとか、補給艦を3隻撃沈してバケツをもらったりとか、そんなことでもそこそこ楽しい。

こういう「毎日そこそこ楽しい」を重視した遊び方は、後で振り返ったときに「何だかんだ楽しんでるじゃん俺」になる。特に悪い点を思い出せない。せいぜい「あのときはクソだったけど全体的に楽しい」くらい。

幸せには「プラスの期間が占める割合」が大事

幸せには「体験に対して感じる幸せ」と「振り返って感じる幸せ」の2種類がある。「体験に対して感じる幸せ」は体験毎に1回きりだから、複数回感じる「振り返って感じる幸せ」の方が幸福度評価への影響が強い。で、その「振り返って感じる幸せ」に重要なのは「プラスの最大値」ではなく「プラスの期間が占める割合」。

「すごく楽しかった思い出」は数回しか経験していないし、遠い昔の話だから、思い出すのが難しい。「100楽しい」も「50楽しい」も「すごく楽しかった」という言葉にまとまってしまうしね。思い出は色褪せる。

一方で「そこそこ楽しい」は経験回数が桁違いで、しかもついさっきまでやっていたことだから、簡単に思い出せて幸せを感じられる。幸せは安上がりでいいんだよ。

だから「イベントを最大限楽しむ方法」より「日々の艦これをそこそこ楽しむ方法」の方が大事。イベントなんてな、あんなの艦これのおまけなんだよ。