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あなたは艦これについて詳しいんだね。すごいね。

艦これについて色々知っていることはすごいことだ。それは間違いない。その知識量は本当にすごい。まぁ「すごい」は別に褒め言葉じゃないんだけどね…。

「すごい」は褒め言葉ではない

「すごい」と言われると気をよくする人っているけど、「すごい」は別に褒め言葉じゃないんだよね。単に程度がぶっ飛んでいるだけ。たとえば「すごく気持ち悪い」も「すごい」。「好き」や「良い」と違って「すごい」は褒め言葉じゃないんだよ。

「艦これについて詳しい」というのも、普通の人達の知識量が100くらいなのに200も300も知っているから、程度がぶっ飛んでますねってだけ。すごいね。

「すごいこと」より「幸せであること」

「艦これの知識量がすごい」はすごいだけで、誇ることじゃないと思う。すごいだけならゴキブリだってすごい。大切なのは「すごいこと」ではなく「幸せであること」。

「艦これの知識量がすごい」が幸せに繋がっていないのなら、それは「ゴキブリの気持ち悪さがすごい」と大差ない。彼らすごく気持ち悪いせいで殺虫剤をぶっかけられているからね。これは到底幸せとは言えない。

「艦これについて詳しくて、有利にゲームを進められて、楽しくて幸せ」ならいい。お幸せに。けど「詳しいせいで、色々気になって楽しめない」「艦これにのめり込んだせいで、詳しくなったけど色々なものを犠牲にした…」だと幸せに繋がっていない。これじゃいけない。あなたの「すごい」はちゃんと幸せに繋がってる?

「すごい」に頼るのをやめる

「俺様の知識量はすごい」などの「すごい」は幸せの収入源として安定しないし、維持も面倒くさい。最新情報が次々に出てくる艦これで「知識量がすごい状態」の維持は大変だし、もっとすごい人の登場でも幸せを得られなくなる。

だから他人と比較する「すごい」に頼るのをやめて、一人で幸せを感じられるようになると楽になる。「艦娘に囲まれていれば幸せ」なら他人がどうであれ幸せは途絶えない。安定収入っていいよね。収入源の心配をしなくていいし。

幸せは追求した先にあるわけじゃないんだよ。現状から見つける、感じるものだから、「すごい」状態にならなくてもいいんだよ。